毛受契輔(めんじょうけいすけ)
Anthem Carelon
Adult-Gerontology NP, RN
Wound Care Specialist
NPとしての現在
プライマリーケアNPとして働き始めて、6年目になります。中堅リーダーとして、新人教育や面接に関わる傍ら、90人ほどの患者さんの担当をしております。対象は多疾患併存状態にある65歳以上の患者で、特養・老人保健施設などに在住し、病状・社会的な理由により、医療へのアクセスが難しい方が主です。ハイリスク状態にある患者の病状管理・アセスメント、診断・治療を早期の段階で行い、入院日数の低下、QOLの向上を目指しています。病態は、アルツハイマー、高脂血症、COPD、心不全、糖尿病、心房細動、各種癌など多岐に渡っており、入院リスクは非常に高いですが、頻回な診療によりそれを予防します (週1〜2回の訪問診療)。チームは40人のNPと5人の医師で構成されており、そこにソーシャルワーカー、ケアマネージャー、医療助手のスタッフが、南カリフォルニア州の3000人程度の患者を対象にしています。
看護師としてのキャリアとアメリカのNPへ
日本では藤田医科大学病院で、看護師としてNCU, CCU, GICUを5年間で経験させて頂き、そこでの学びは今でも大きな糧になっています。26歳でのアメリカ留学後も、夏季休暇を利用して帰国中に老健や特養などの施設で、看護派遣アルバイトをして、留学費を貯めつつ、看護師としての、技術や知識が衰えないようにしていました。
元々あまりやりたいことも見つからず、高校時代の担任教師の勧めで、なんとなく入った看護の世界でした。しかし、大学2年生の時に行った、マザーテレサの家でのボランティアでは、貧困によりまともな医療にかかることができず、前日に介助させて頂いた方々が、適切な医療処置も受けることができず次々と亡くなっていく状況に愕然としました。このボランティアがきっかけで、命の尊さ、日本の豊かさ、また他国の貧困を目の当たりにし、いつか海外で人の役に立てる仕事ができればと思うようになり、看護と英語の勉強にのめり込んでいきました。
アメリカに来てからは、苦労もありましたが、夢半ばでは、諦めることはできなかったし、日本で貯めたお金も限られていたので、必死でした。ありがたい人達の縁にも恵まれ、カリフォルニア州看護師免許を取得後、三次救急病院ロングビーチメディカルセンターの救命センターで5年勤務しました。多岐にわたる外傷・小児救急など様々な事例を通して、学ぶことができました。そんなある日、90歳の患者が、心肺停止状態で、搬送され心肺蘇生を試みることになりました。特養にて意識のない状態で発見されましたが、近い家族もおらず、POLST (救命時の意思表示)もなく、挿管・胸骨圧迫による血痰、そして死に至ました。回復の見込みのない、元々寝たきりだった患者の壮絶な死は、人の死に方を考えさせられ、憤りを覚えました。そのような経験から、プライマリーケアに興味を持ち始め、救命センターに従事する傍ら、NP免許取得のため、大学院での2年プログラムに通いました。
国家医療費が高騰する中でのNPの役割
前述の通り、高齢化の波と医療費の高騰により、予防医療に焦点を当てるプライマリーケアNPへの期待はより高まっています。現在働いている医療グループでは、その医療費の高騰に寄与している、65歳以上(日本でいう年金受給者)に焦点を当て、各種介護施設に入所にしている方を対象に週一回という頻度で診察しています。多疾患併存状態にある患者は、重症化しやすく、入院日数も長くなりやすいです。そこで、NPによる頻回な診察により重篤化する前に、診断・治療し、病状を早期に摘み取ることを実現しています。また、担当NPは、頻回な診察の中で、患者とのラポート(信頼関係)を構築し、予後不良な治療困難患者に対して、患者の希望に則して、家族を含めスムーズに緩和医療へ移行できるようにしています。ラポートが築けていれば、先ほど挙げた、寝たきりの女性は、早い段階でDNRなど、自分の意向に沿った治療方針を意思表示し、自然な形での死を尊厳を持って受け入れることができるはずです。そのプライマリープロバイダー(医師・NP)の役割は、大きく、患者の望む医療を提供する上で欠かせません。
また、NPの大切な役割の一つにハイリスク患者を包括的にサポートするための、多職種との連携があります。安全で、スムーズな医療には、コミュニケーションが不可欠です。アメリカでは、専門性が分化している代わりに、各分野での意思疎通が気薄な場合があります。患者によっては循環器・呼吸器・内分泌と3種類の専門医が担当する傍ら、それぞれの専門医間での意思疎通がなく、効果的な治療効果が得られなかったり、多剤服用による副作用、患者のアドヒアランスの低下などの問題があります。そこで、プライマリーNPが中心となり、専門医とのコミュニケーションを円滑にし、薬の重複・副作用を防いでいます。また、担当患者が急病で病院搬送されれば、搬送受け入れ先の医師に連絡をとり、搬送理由・搬送前の状態を共有し、治療の効率化を図り、退院先施設と病院内のソーシャルワーカーとの橋渡しを行い、安全な退院計画を作ります。さらに強調したいのは、介護者の一人である家族を、治療チームの一員として巻き込む大切さです。退院後は、身体的・精神的・社会的な、どの要素が欠けても、再入院のリスクが高まり、患者のQOLの低下・医療費の高騰に繋がるため、このような包括的なアプローチに、家族の存在は欠かせません。
この患者さんは、老人保健施設に入所する84歳女性Kさんです。3年ほど担当させて頂いており、既往歴に軽度の認知症、高血圧、高脂血症、ADLは歩行などを含めて薬の服薬管理とシャワーサポート以外はほぼ自立しています。ある日曜日、施設のスタッフから、Kさんが下痢があると報告があったため、下痢止めを処方し、水分をしっかり摂るようにを勧めました。翌日(月曜日)訪問するも、処方した下痢止めでも効果はあまりなく、下痢は継続しており1日に3回以上行くこともあるとレポートを受けました。高血圧の既往のため、昇圧薬使用後でも普段は収取期が130mmHgある方ですが、今日は98mmHg。脱水状態にあったため、当日の血液検査とClostridium Difficile Colitis(以下C.diff) の検便をオーダーしました。2種類飲んでいた昇圧剤も、低血圧による転倒のリスクが増加するため、一時中断しました。検査技師による血液検査が施設で当日に行われ、中等度の脱水状態でした。2日ほどかかるC.Diffの結果待ちの間も、ほぼ部屋のベッドで過ごし、食欲もどんどん減退していました。Kさんの状態からすると、万が一入院した場合、認知症の悪化、筋力の低下による歩行困難は目に見えていたため、何としても入院は避けたいところでした。木曜日、再度訪問しましたが、暑い週末前であり、脱水による病状悪化のリスクもあったため、訪問中に1Lの点滴を投与し、家族に週末に訪問をお願いし、水分摂取と食事摂取量の確認をお願いしました。その週末に返ってきたC.Diff 検査は陽性だったため、経口バンコマイシンを処方しました。その後、下痢が止まるとともに、食欲も増進し、血圧も普段通りに戻ってきたため、一時中断していた、昇圧剤を再開し、チーム医師、NPと症例報告を行いました。
家族や施設スタッフを巻き込み、チームとして、患者の不要な入院を防ぐことができた症例だったと思います。また、普通の医療クリニックでは、15分から20分程度の診察時間ですが、患者さんが必要な時間・日にちだけ、NPが診療に携わることができるこのプログラムが功奏した例だと思います。
大事にしていることと、原動力
何となく始めた看護職でしたが、今では、趣味の延長線上にあると言えるようになりました。マザーテレサの家の医療ボランティアでの経験は、医療にのめり込んでいくきっかけになりましたが、その気持ちを忘れずに年に2回、医療へのアクセスがないメキシコの一部の地域で、医療クリニックに参加しております。この地域では、今まで血液検査を行ったこともなく、ボランティア中の血糖検査で500mg/dlの患者さんもいます。通常の糖尿病薬も高価なため、買えない患者さんが多いです。できることも限定されるため、欧米の医療が非現実的なこともありますが、そのような経験が、普段の生活の豊かさを実感させてくれるものですし、そのような経験は常に自分を謙虚にされてくれます。まだNPとして経験も浅く、学ぶことも多いですが、今後も患者・家族に寄り添った安全な医療が提供できるよう、精進していきたいです。
いかがでしたか?来月は岩手県立大学で働かれているがん看護専門看護師の高屋敷麻理子さんです。お楽しみに!
40人のNPと5人の医師で3000人とは大きなチームなんですね!医師とNPの間では受け持ち数に差があるのでしょうか?カナダBC州のプライマリーケアでは医師は1000-1300人。NPは800人とされています。どうしてもNPの方がコンプレックスな患者を受け持つ傾向にあるのでNPの受け持ち数が低くなります。